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福岡地方裁判所 昭和38年(行)9号 判決 1966年6月07日

原告 小野満知子

被告 福岡県公安委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

1、原告の求める裁判

「被告が原告の昭和三七年二月一二日申請にかかる風俗営業(遊技場)不許可の処分はこれを取消す。」

2、被告の求める裁判

主文同旨の判決

二、請求原因および原告の主張

1、訴外亡三原カヨは北九州市小倉区(当時小倉市)大門町九九番地において風俗営業(ビンゴゲーム遊技場)の許可を受けて「大門ビンゴ」の名称で営業していたが、昭和三六年二月一五日死亡した。

そこで三原カヨの相続人である原告は右営業を継続するため昭和三七年二月一二日附で相続による継続風俗営業許可申請書を被告に提出したところ、被告はこれに対して不許可の処分をした。

2、しかし、右不許可の処分は次の理由によつて違法である。

(1)  被告は原告の許可申請が風俗営業等取締法(以下単に取締法という。)に基く昭和二三年福岡県条例第四一号風俗営業等取締法施行条例(以下施行条例と称す。)第六条第二項に規定する承継許可申請の期間(営業者死亡後四〇日以内)を経過してなされたものとして、これを許可しなかつた。

しかし原告は三原カヨ死亡後四〇日以内である昭和三六年二月二〇日頃及び同年三月始頃代理人大川永祚を通じて口頭で被告に対し承継許可申請をした。昭和三七年二月一二日附の風俗営業許可申請書はすでになされていた口頭による承継許可申請を念のため書面化したものにすぎない。承継許可申請の方法としては口頭による申請も有効である。仮に被告主張の如く書面による申請を要するものとしても、口頭で申請した場合には被告において書類を作成するのが慣行であつたのに、原告の前記口頭申請の場合は右慣行に反して被告が書類を作成しなかつた違法がある。従つて、結局原告の承継許可申請手続が三原カヨ死亡後四〇日以上経過してなされたものとして原告の右申請を容認しなかつた被告の処分は違法である。

(2)  ビンゴゲーム経営は取締法に云う営業であつて、憲法第二九条で保障された財産権の内容をなすものである。ビンゴゲーム経営のために多額の資本が投下されるものであることは云うまでもなく、このようなビンゴゲーム営業の経営者が死亡したとき相続人がその営業を相続して承継するのは当然である。承継についての許可認可などをまつまでもなく相続人によつて当然に相続されるべき性質のものである。けだし、取締法は遊技場を営業として認めており、しかもそれを一身専属的な相続を許さないものとはしていない。従つて営業者が死亡したときに相続人がその営業を承継することを認めるか否かと云うことが問題となるのではなく、相続人が承継した営業が取締法第四条により営業許可の取消・停止または風俗を害する行為の防止などの行政処分の対象となるか否かが問題となるにとどまるのである。

仮りに相続人による当然承継ということまでは云えないとしても特別の欠格事由がない限り当然承継という取扱を受けるべきが至当である。原則として相続承継、例外的に他の措置をすることがあり得るというのが限度でなければならない。

ところが被告のなした処分は原告に対してそのような取扱いをしていない。ビンゴゲーム営業が営業者の死亡によつて当然または原則として相続されるべきことを認めていない。却つて相続承継を被告の許可にかゝらしめる方針をとり、原告の相続承継を特段の実質的な理由もないのに不許可処分をしている。このような処分は私有財産の相続に関し憲法第二九条や民法上の原則に違反する処分である。

(3)  わが国において広く行われている遊技のうち、ビンゴゲームを他の遊技たとえばパチンコやスマートボールなどと区別して取扱うべき合理的理由は何もない。

しかるにパチンコやスマートボールについてはその営業を認めながら、ビンゴゲーム営業については新規営業のみならず相続による承継までも認めないのは憲法第二二条第一項「職業選択の自由」、同法第一四条第一項「法の下の平等」の原則に反する。

(4)  福岡県内には今でもビンゴゲーム営業者が居りビンゴゲーム営業が行われている。それら営業者は短期間毎に許可の更新を受けなければならないようになつており、被告の許可と指導の下にビンゴゲーム営業が行われ、しかも許可の更新が繰返されているのに拘らず、同じ福岡県下において、原告がビンゴゲーム経営の意思を持ちしかも何ら実質的な欠格事由もないのに原告に限りその営業の許可を拒否されたことは憲法第一四条第一項により「法の下の平等」の保護を受くべき原告の憲法上の権利を違法に侵害していることになる。

(5)  ビンゴゲームの賭博的性格が反社会的と云うのであれば、国や地方自治体が大がかりにやつている競馬、競輪、競艇、宝くじなどこそ最も大きな賭博である。競馬や競輪で身を持ち崩したという人間は多いが、ビンゴゲームで身を持ち崩したという人を聞かない。国や県が個人経営のビンゴゲームなどとは比較にならない程の賭博場を経営し、それを一般に宣伝広告までしておりながら、個人がさゝやかな営業として行うビンゴゲームを「著しく射幸心をそそる」ものであることを理由として申請を許可しないのは根拠のないことである。政府および福岡県のやつている各種の賭博行為が公然と許され、その賭博的性格と個人に対する影響がビンゴゲームよりはるかに大きいという現実が存在している限り個人経営のビンゴゲーム程度のものを「公共の福祉」の名の下に禁止するのは権力による公共の福祉概念の不正不当な適用であつて、被告のなした不許可処分は憲法第二二条第一項に違反する。

三、被告の答弁および主張

1、原告主張の1の事実は認める。

2、しかしながら被告が不許可決定をした理由は次のとおりであつて右不許可決定は適法である。

(1)  施行条例はその第二条第一項において「法第二条の規定により所轄公安委員会に提出する許可申請その他一切の届け出で手続はすべて書類で営業所在地所轄警察署を経由してこれを行わなければならない。」と、第三条第一項本文において「法第一条の営業許可申請には、次の事項を具し、正副二通提出しなければならない。」とそれぞれ規定している。即ち、施行条例は営業許可申請等一切の届出手続はすべて書類をもつて、かつ、正副二通を提出すべきことを要求している。従つて仮りに原告の口頭による申請があつたとしても右申請は施行条例が規定している要件を充たしていないので当然無効である。

(2)  営業許可申請等の効力が発生するのは施行条例により明らかなように同条例が定める要件にかなつた書類が適法に提出された時であるところ、原告は昭和三七年二月二日に至り初めて書面で申請し、更に同年一一月五日附で再度書面で申請した。しかしながら、施行条例はその第六条第二項および第三項において「営業者が死亡したときは、その家族から二〇日以内に廃業届を、承継しようとするときは死亡後四〇日以内に承継許可申請をしなければならない。前項の期間内に承継許可申請をしないときは廃業したものとみなす。」と規定している。しかして、三原カヨが死亡したのは昭和三六年二月一五日であるから、原告はいずれにしても三原カヨ死亡後四〇日以内に承継許可申請をしていないので施行条例第六条第三項により当然廃業したものとみなされる。なお相続人は原告のみではなく、訴外三原政司もまた亡三原カヨの相続人の一人であるが、同人は施行条例第六条に基き昭和三六年六月一三日附で廃業届を提出している。

(3)  以上(2)に述べたように、亡三原カヨの相続人は法律的には施行条例第六条により廃業したものとみなされ、加うるに事実上も廃業届も提出されているので、たとえ原告が前述(2)のように形式的には相続による承継許可申請書を提出したとしても、すでに廃業後の申請であるから被告はこれを相続による許可申請書が提出されたものとして受理することは法令上許されない。即ち、原告の許可申請は廃業後の申請であるから、その形式のいかんを問わず実質的には新規の営業許可申請がなされたものと解さざるをえない。

そこで被告は原告から提出された許可申請は新規の営業許可申請書を提出したものとして受けつけたうえ審査した。ところで元来ビンゴ遊技はその方法において遊技者の技倆介入の余地が全然なく偶然のゆえいのみによつて賞品の得喪を争うものであるから施行条例第一八条の「遊技の方法が著しく射幸心をそそるおそれのあるもの」に該当するのみならず、被告は既に昭和二九年七月二八日ビンゴゲームに対する法務府の見解等を参考として

(イ) ビンゴ、室内競輪、色合せ等賭博性が強く善良の風俗を害する虞のある集団遊技の新規出願は認めない。

(ロ) 既許可の営業に対しては承継、構造変更を認めず許可条件の厳格な履行を看視し、漸次個人遊技に転向するよう指導すること。

との風俗営業許可等の取扱基準を定めており、原告の前記許可申請はこの取扱基準にも抵触するものと判断したので不許可の決定をした。

(4)  被告は前述のように昭和二九年七月二八日風俗営業許可等の取扱基準を定めたが、当時の既存業者に対し即時にこれを適用して許可の取消を行うようなことは既存業者のいわゆる生活権を奪う結果となるので施行条例第一八条の違法性を阻却するに足る特別の条件、例えば(イ)ゲーム参加者の購入する遊技券は一ゲームについて一人二枚以内とすること、(ロ)営業者又は従業員は遊技に加入しないこと(ハ)遊技料金は一回二〇円以下とすること(ニ)遊技料金の総額の半分を賞品にあてること、等の条件を付し、これら条件を遵守することを前提とし、かつ、被告の決定した事項に抵触しない限度において営業の存続を認めるとともに、徐々に個人遊技その他の業務に転廃業するよう指導しつつ許可の更新を行う方針で進み既存営業者の生活擁護に細心の注意を払つて来た。この結果福岡県下における営業者数の変動は別紙第一のとおりであつて福岡県下における営業者の数がいかに多数であるか容易に判明するところで、これは被告が従来いかに温情をもつてビンゴゲーム営業者に対処していたかの明らかな証左である。

(5)  原告の主張する競輪、競馬、宝くじ等はいずれも法律の定めたものであつて、被告の関知するところではない。従つてこれら法律が存在するからとて被告が原告の許可申請を許可しなければならない理由にはならない。

以上述べた理由から原告の本件許可申請に対し不許可処分をしたのであつて被告の右処分は適法であり原告の請求は失当である。

四、証拠<省略>

理由

一、請求原因1については当事者間に争いがなく、成立に争のない乙第五、第八号証によれば被告は、原告の本件許可申請を、施行条例第六条の承継申請の期間を経過し、承継申請としての要件を欠ぐものと認定し、更に本件許可申請を一般の新規許可申請として取扱い、不許可処分をしたことが認められる。

二、そこで以下被告のなした不許可処分の適法性について判断する。

1、原告の申請手続が所定の期間経過後の承継申請であるとして不許可処分をしたのは違法であるとの主張についてまず検討する。

取締法第二条第一項は同法第一条に定める営業を営むには都道府県が条例で定めるところにより都道府県公安委員会の許可を受けることを要件とし、許可に関する具体的規定を条例に委任するとともに、同法第三条において条例の所管事項について定めている。許可申請の方式について取締法は何らふれるところはないが、許可に関する事項の定めを条例に委任する同法第二条は単に許可基準等実体的事項に限らず、申請の方式のごとき手続的事項についても条例に委任しているものと見るべきである。けだし、風俗営業につき特別の法律が制定されておるのはこれら営業の特殊性から善良の風俗を害する行為の発生を防止することを目的とするものであり、都道府県の実情に応じて適切な規制をなすことが最も合目的的と考え、同法第三条において所管事項を定めながらもその具体化を条例に委ねているのであつて、許可申請等の方式がいかなるものであるかは当然それら具体的許可基準と相関的に決定されるべき事項だからである。施行条例が規定する許可に関する基準は、営業の申請人等、場所、施設および構造設備等に関するもので、風俗営業の性格からすれば当然許可にあたつて考慮すべき事項を具体化したものであるところ、これら事項は口頭で申出るには適せず、文書によつて明確ならしめることは許可後の取締の観点からも要請されるところであることを考えれば施行条例第二条が許可申請その他一切の届け出で手続はすべて書類で行うことを要求していることは適法且妥当なものと考えられる。

しかして施行条例第五条第二項によれば営業者が死亡した場合その家族から二〇日以内に廃業届を出すか、若しくは四〇日以内に承継許可申請をすることを要するところ、原告が三原カヨの死亡した昭和三六年二月一五日から四〇日を経過したことの明らかな同三七年二月一二日にいたつてはじめて文書による承継許可申請を被告宛提出したことは当事者間に争いのないところであるから、被告が原告の右申請を適法な承継許可申請として取扱わなかつたことには何ら違法の点はない。尚原告は、昭和三六年二月二〇日頃及び翌三月始頃被告に対し口頭で承継許可申請をしたが、その際被告は、口頭申請の場合には被告において書類を作成する慣行に違反し、書類を作成しなかつた違法がある、と主張するけれども、右口頭申請に関する原告の主張に副う乙第六号証の記載及び証人大川永祚の供述は証人水上力夫、同稲員稔の供述と対比し採用し難く、他にこれを認むべき証拠はない。そうすれば右口頭申請を前提とする原告の主張は爾余の判断をまつまでもなく採用するを得ない。

2、次に、被告はビンゴ営業が憲法第二九条で保障された「財産権」の内容をなすもので営業者死亡の場合相続人の当然承継を認めるか、或は少くとも当然承継を原則とすべきであるのにこれを認めず不許可処分をしたのは違法であると主張するので按ずるに、経営ないし営業がそれ自体として相続の対象となるか否かはさておき、風俗営業の許可は風俗営業の性質から一般的にその営業を禁止しているのを特定人に対する関係において解除しその者をして適法に営業することを得させるものであるから、右営業と許可を受けた者とは分離して観念することはできない性質のものである。このことは施行条例も第九条において申請人に特有の事情を不許可の要件としていることからも明らかであり、許可を受けた営業者が死亡した場合には、その営業を行いうる地位はその者の死亡と同時に消滅する性質を有し、相続人において常に或は原則として当然承継すべき性質のものではない。原告の主張は風俗営業の許可を受けて営業を行いうる地位と営業にまつわる財産的地位を不可分一体のものとする前提に立つものと考えられるが、その前提の採り得ないことは上記のとおりであるから原告の主張は理由がないものと云わざるを得ない。

3、ビンゴ営業をパチンコ営業およびスマートボール営業と差別した取扱いをなし、且つ原告に実質的欠格事由がないのにビンゴ営業を許可しないのは憲法第二二条第一項で保障された「職業選択の自由」を侵害し、同法第一四条第一項の保障する法の下の平等の原則に違反するので違法であるとの主張につき判断する。

取締法第一条に掲げるいわゆる風俗営業、殊に同条第七号に定める「まあじやん屋、ぱちんこ屋その他設備を設けて客に射幸心をそそる虞のある遊技をさせる営業」は、その性質上売淫、賭博その他風俗を害する行為を誘発する虞があり、この種営業を場所、時間、数、態様等において自由に営ましめるときは、社会の秩序を乱し、公共社会の福祉を害することとなるので、取締法がこの種営業を公安委員会の許可にかからしめることは憲法第一四条第一項第二二条第一項に違背するものではない。

もつとも公安委員会が許可申請に対する許否を決するについては取締法、施行条例の趣旨とするところに適合するかを具体的事実関係に照して判断すべきである。

ところで成立に争のない乙第三号証の一、前顕乙第五、第八号証、証人水上力夫の証言により成立を認める乙第一二号証及び証人水上力夫の証言を綜合すれば、ビンゴゲームは、客は遊技料金を支払い、一より一〇〇までの番号を附した函にボールを投入し、ボールの入つた函の番号の排列により優勝者を定め、賞品を支給する集団の遊技で、遊技者の技倆の介入する余地の僅少な、殆んど偶然の事情により勝敗を決定するものであること、被告はビンゴゲームが前記内容に徴し著しく射幸心をそそり、善良の風俗を害し、施行条例第一八条が遊技場の構造設備の条件として遊技の方法は著しく射幸心をそそらないものであることを定める規定に違反するものと認め、昭和二九年七月二八日ビンゴゲームの新規許可、承継等を認めない旨の風俗営業許可等の取扱基準を定め、爾来既存のビンゴゲームの営業者に対し右取扱方針についての理解と協力を求めてきたこと、被告は本件許可申請についても前記基準に従い不許可の処分をなすにいたつたことが認定される。

してみれば本件不許可処分は被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱した不法のものと断定することはできない。

4、国および地方自治体が行つている競輪等との関係において本件不許可処分は「公共の福祉」概念の不正不当な適用で憲法第二二条第一項に違反する違法があるとの主張については、風俗営業を許可にかからしめることが公共の福祉に適合することは既に述べたところであり、国や地方自治体が施行する競馬等は財源の確保又は産業の振興等の目的の優越を認めて行われ、しかもその方法、規制態様等を異にするものであつて、私人の行うビンゴ営業と同一に論ずる限りでないことは明らかであるから、この点においても違法の主張は理由がない。

以上に判断したとおり本件不許可処分には法令の適用につき何ら違法の点を認められず、原告の主張はすべて理由がないから、原告の本訴請求はこれを棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 江崎弥 松信尚章 斎藤清六)

(別紙省略)

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